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Exhibition info

像を耕す パブリッシングスタジオ
麥生田兵吾
櫻井拓
大西正一

2019.8.30. ~ 9.15.

View

Statement

写真性について ̶ 制作の前提として

 

写真は、映像のある内側だけを注視するときと、映像の外側を意識するときとでは異る体験を人に与える。

  ̶ 写っている像に心が重なること、世界の断片としてそれに心が向い合うこと。

映像と物質との関わりが、写真の内容をも変質させる。

 

  ̶ スクリーンに投影される、紙に印刷される、ざらざらつるつるという表面の質感、重さ、そして古さ傷み。体や皮膚がそれに反応すること。

 

写真に出会う場所が、写真を拡張または制約する。

  ̶ 人と写真と場所が交差する機会におきるイメージには、ほとんど無限の在り方がある。

 

人々はそれぞれの記憶と歴史と気分を、写真と写真のある風景に照らす。

  ̶ なにより人は自身の思いを映像に投げかけている。映像も人に印象を押し付ける。思いは写真を変質させ、写真も思いを変質させる。


麥生田兵吾

 

 

 

 

 昨今、スマートフォンやタブレット端末、写真を共有できるSNSや動画投稿サービス、VRなどの普及により、「イメージ」は、かつてないほどに私たちの生活を取り巻き、その基盤を形作っています。その結果として私たちは、イメージに「慣れっこ」になり、その正体を問い返すことをしなくなってしまっているのではないでしょうか。

 

 写真家の麥生田兵吾はこれまで、写真を空間の中で扱う展示手法を通じて、鑑賞者を、イメージという存在にもう一度「邂逅」させようとしてきました。今回、麥生田は、その手法の延長上で、「本」という新しい空間を扱います。麥生田の写真作品のシリーズ「Artificial S」は、「生と死」という主題の下、人が自明としている「まなざし」を把握しなおし、鑑賞者の感覚や記憶、身体を喚起しようとしてきました。今回の展示では、麥生田のこのシリーズを起点に、編集者の櫻井拓、デザイナーの大西正一が加わり、本をつくることを始めます。ギャラリーを出版(publish)のための制作スタジオへと変容させ、その作業空間を公開(publish)します。

 

 ギャラリーは撮影、印刷、編集の作業場となり、作家と編集者、デザイナーが立ち代わって滞在し、共同作業を行ないます。本のため の新しい印刷物に加えて、麥生田の過去作品やアーティストブック、櫻井が過去に編集した作品集や執筆したテクスト、大西がこれまでに手がけた写真集なども展示します。さらに会期中に開催する多数のイベントの映像や写真、音声による記録を交え、制作空間を立体的に展開します。 会期末には、培った成果を書籍のプランへとまとめ、展示とトークの形でプレゼンテーションします。


櫻井 拓

About

 写真家・麥生田兵吾(むぎゅうだ・ひょうご/1976年・大阪生まれ)は主題として「Artificial S」掲げます。この大文字の「S」は“Sense=感覚(感性)” ”Subject=主体”あるいは”Es=無意識”などの複数の意を持ち、「Artificial S」とは「人間の手によりつくられた、人間が獲得し得る”それらS”」として位置付けられています。また麥生田はこの「S」の探求・実験・鍛錬として、撮影した写真をその日のうちにウェブサイト「pile of photographys」http://hyogom.comにアップする行為を、2010年1月より現在まで9年以上に渡って、毎日途切れることなく続けています。
 麥生田は「Artificial S」を1~5章に分類しており、PARCでは2014年の「Artificial S 2 / Daemon」以降、2018年の「Artificial S 5 / 心臓よりゆく矢は月のほうへ」まで、各章ごとの展覧会を5年連続で開催してきました。その展示は特徴的なギャラリー空間に写真のみではなく映像やインスタレーションを交え、鑑賞者という身体へ向けて表現を起動させることを主眼に取り組まれてきました。空間を支持体に鑑賞者を巻き込み、その眼差しの先、あるいは眼差しの出発点を問う体験としての「Artificial S」はかくして全章を一巡し、昨年にひとつの結節点を迎えました。
 現在、麥生田は「本」という空間に「Artificial S」を展開することで、「現在」だけではなく「これから」に向けて「そのイメージとは何か」の問いを発することに取り組んでいます。展示において「イメージ」は、写真を主とした目に見える「像」を指すだけではなく、空間や身体、音や言葉といった「体験」をもって鑑賞者の内に発生する「(想)像」にも及ぶものでした。では、それらが本(写真集)となればどうでしょう。鑑賞者にとって「イメージ」は容易に紙の上の「像」を指し、与えられた像を目で見て追いかけ、想像はそこに「すでにある像」の解析(解釈)へと振り向けられることになります。「像を耕す」は、麥生田にとってこの違いを確認するとともに、ここから何が始められるのかについての手がかりを求める機会であり、制作・展示・思索・議論の場と機能を会場内に構築します。また、編集者・櫻井拓(さくらい・ひろし)とデザイナー・大西正一(おおにし・まさかず)との本づくりに向けたチームとして、この場・機会を共有しながら、互いの眼差しの差異や新たな可能性を模索する機会ともなります。
 「本をつくる」ことを「動機と目的」に、「パブリッシング・スタジオ」としてその「過程」を公開する本機会では、2階展示室は撮影・制作スタジオになるとともに、「Artificial S」のそれぞれの章のエッセンスを持った作品が点在します。4階展示室は編集や制作のスタジオとして麥生田・櫻井・大西の制作の場として、また多くの対話者を招いたトークやレクチャーなどの会場として機能します。そして、最終日にはこうした試行錯誤や検証の過程を経て、これから「つくる本」のプランがプレゼンテーションされます。
 深く掘る、高く盛る、岩盤に当たる、埋め戻す、途方に暮れる、種を蒔く、何もしない。彼ら(と私たち)は「像」を耕すことで、何を実りとして手にするのでしょうか。会期中、なんども足をお運びいただき、一緒に考えていただければ幸いです。